2019.12.29

煩悩の意味とは?人間の煩悩の数が108個と言われる由来と種類を解説!

煩悩の意味とは?

煩悩とは人の欲望、つまり強く何かを欲する気持ちを指すと思っている方も多いですが、「煩悩」にはもっと広義の意味があります。

煩悩とは仏教上の教えから来る言葉で、自分自身を苦しめる心の動きすべてを示しています。欲望は、煩悩の一部に含まれているものです。

映画やドラマでよく、「敵は自分自身のなかにいる」という台詞が出てくるように、自分を苦しめる原因が自分のなかにあるという考えは多くの人が実感していることでもあります。

そのことから、自分自身の中の”煩悩”をなくせば幸せになれるという考え方が定着し、「煩悩=良くないもの」というイメージが多くの人に浸透しています。

『煩悩とは本当に悪いものなのか。』

この非常に難しい煩悩という言葉について、詳しくみていきましょう。

 

煩悩があるから私たちは苦しむの?

煩悩とは、自分の心を乱すもの。

日常生活でも、私たち人間は常に煩悩に翻弄されています。

同僚が先に出世したことに対して羨みや妬みを感じる煩悩や、マイホームを購入したら次は高級車に乗りたいと思う煩悩。また、愛する恋人に、同じだけの愛情を受けられなかったことで湧き上がる怒りの煩悩など、その形はさまざまです。

多くの煩悩は、無い物ねだりの私たちの心のなかに潜んでいます。

欲しいものが手に入っても入らなくても、心は満たされません。例え欲しいものを手に入れたとしても人間は決して満たされることはないのです。

煩悩があるからこそ私たちは苦しむ。でも、煩悩を無くすことはできない。

そんな煩悩を受け入れ、共に生きていくしかないのです。

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特に厄介な3種類の煩悩

仏教の世界では、108個ある煩悩のうち特に人を苦しめる3つを「三毒の煩悩」と呼びます。三毒の煩悩とは、とても強力な煩悩で、人の諸悪の根源とも言われています。

逆に言えば、この3つの煩悩を無くすことができれば、私たちは苦しみから解放されて、安らかな人生を歩めるようになるのです。

「貪瞋痴(とんじんち)」とは、この3つの煩悩を指してます。それぞれの意味についてご紹介します。

1.貪欲(とんよく)

貪欲とは、どんよくとも、とんよくと読みます。普段よく目にする言葉なので、意味を想像しやすいでしょう。

あらゆる物事に執着し、それらが手に入らない時や失った時に、苦しいという感情を生むことを示します。

この世は移り変わっていくものなので、栄光も必ず廃れていきます。人の気持ちも移り変わるものだし、物もいつかは壊れる。その度に一喜一憂していては、心に平和など訪れません。死ぬまでずっと、手に入らない何かを願って生き続けることになります。

2.瞋恚(しんい)

瞋恚とは、怒ることを示しています。

私たちが生きていくうえで、他者との関わりは避けられません。出会う人のなかには、悪口を平気で言う人や失礼な態度をとる人など、さまざまな性格の人がいるでしょう。

理解できない相手に対して、憎しみや怒りの感情を持ってしまうのは仕方のないことです。それでも、人間が社会的動物である以上、そのような人とも上手くやっていかなければならない。

いちいち腹を立てていては、心の平安を維持できません。

3.愚痴(ぐち)

愚痴とは、不平不満を口にすることを指します。他人の幸せを内心ではおもしろくないと思ってしまう。これはとても愚かな考えとされています。

三毒の煩悩のうち、一番厄介なのがこの「愚痴」の煩悩。自分の身に降りかかるマイナスな出来事を「自分が原因で起きたことではない」と思ってしまっているからです。

人生がうまくいかないときは、物の見方を変える必要があるのです。

 

 

煩悩の数が108個と言われる由来

煩悩とは人間の心の動きのことなので、その数が大量にあるのも理解できます。108という数字自体にも「たくさん」という意味がこめられています。煩悩を84000個、88個など別の数字で表す説もあります。

最もメジャーなのは、「煩悩とは108個あるもの」とする考えで、その由来は一つではありません。主な由来を3つご紹介します。これを読めば、108個の煩悩についてより理解が深まるでしょう。

1.感覚や感情などの全てが掛け合わさり煩悩がつくられるから

私たちは感覚でキャッチした物事を、自らの感情によって判別しています。この一連の流れのなかで、煩悩は生まれます。

六根とは認識のことで、「眼、耳、鼻、舌、身、意」の6つを指します。私たちは、物事を「好」し「悪」しで判断し、どちらにも分けられないものを「平」と評価する。つまり、3種類に区別しているのです。

さらに、受け取る人間の心理状態は2種類に分けられます。「染」とは迷いのある状態、「浄」とは迷いのない状態のこと。六根に3つの認識(好、悪、平)、そして2つの状態(染、浄)をそれぞれ掛け合わせて足すと、36 という数字が出てきます。

時間には、「過去」「未来」「現在」の3種類が存在しますので、36×3 で108となるわけです。

このように、私たちの感覚や認識をまとめて煩悩と表現しているのです。

2,仏教の考え方にある「四苦八苦」が由来となっている

仏教用語に、「四苦八苦(しくはっく)」という言葉があります。

大変な苦しみ・非常に苦労することを指す四苦八苦という言葉ですが、この「四苦八苦」を数字に置き換えると、「4、9、8、9」になります。

4×9、8×9の掛け算をして互いを足せば、108という数字が導き出されます。このことから、煩悩の数が108になったという説もあります。

3.季節や暦が関係している

旧暦では、一年間を太陽の動きによって24と72に分けて暦を決める考え方がありました。それに12ヶ月の”12”という数を足すと108になることから、私たちが一年中煩悩に振りまわされて生きていることを表すために、108と言う数字になったとされています。

暦とは、現代で言うカレンダーのようなもの。日常生活を営むうえで、日本人がとても大切にしてきた文化です。暦が煩悩に関係していてもおかしくありません。

 

除夜の鐘と煩悩の数の関連性

大晦日の夜にテレビで目にする除夜の鐘が、何回鳴らされるか知っていますか?

正解は108回で、それは一人の人間の煩悩の数だと言われています。

除夜とは一年の最後の夜を指す言葉ですが、実際に鐘は大晦日の間に107回鳴らされ、最後の1回は年が明けてから鳴らされるのが一般的とされています。

鐘を一つ鳴らすごとに私たちの煩悩が消え、幸せな一年を過ごせるよう願いがこめられているのです。

 

人間の煩悩を無くすことはできるの?

仏教の世界では、自分の思い通りに事が運ばない状態を苦しみとみなします。苦しみに陥ること自体が煩悩です。

煩悩を無くそうと試みても、それは大変厳しいことです。仏道を習う人ですら、煩悩を沈めるために山に籠もって修行するほどです。誘惑にまみれた日常生活で煩悩を打ち消そうとしても、無駄な努力に終わるでしょう。

なぜなら、煩悩の根源には執着心があるからです。人間は、生きている限り何かに執着してしまうもの。井戸から湧き出る水のように、とどまることを知らない執着心は、たくさんの煩悩を生むきっかけになるのです。

思い通りにならない現実に直面する度、私たちは何度も苦しい思いをします。その心の動きこそ煩悩です。

人間が常に何かを求める気持ちを持っている限り、煩悩が無くなることはありません。

煩悩と人間は切り離せないほど近くにあるものなのです。

 

人間は煩悩の塊でつくられている

煩悩は、私たちのすぐ側にあります。人間が多くの煩悩にまみれながら生きる生き物だからです。

思い悩み、苦しむことも多いですが、煩悩があることはあながち悪いこととはいえません。

よりよく生きるための原動力もまた、煩悩なのです。「もっとこうしたら」「もっとこうできたら」と、常に何かを追い求める姿勢が便利な世の中を生み出した。あるがままの状態を受け入れ続けていたら、発展はなかったでしょう。

それでも、108個もの煩悩が心に住んでいると大変です。

何かに執着したり、無い物ねだりになった時には煩悩を少しだけ手放すことで、心軽やかに毎日を過ごせるでしょう。

 

※この記事は、悩んでいる方に寄り添いたいという想いや、筆者の体験に基づいた内容で、法的な正確さを保証するものではありません。サイトの情報に基づいて行動する場合は、カウンセラー・医師等とご相談の上、ご自身の判断・責任で行うようにしましょう。

 

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KABU
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人にやさしい言葉を

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