2019.06.26

私の首を絞め続ける人。それは、私。

自分を自分で否定してしまう。

どうしてお前はそんなにダメな人間なんだ。

ごめんなさい。

なぜそんなことすら上手く出来ない?

ごめんなさい。

謝ってるだけで結局いつまで経っても何も変わらないのか?

…ごめんなさい。

これは、私の頭の中で日々起きている出来事。

私は、私の中の「私」にずっと怒られている。

いつも自分で自分を否定している。

だって、こんなにダメな人間だから…。

こんなにも上手くできない人間だから…。

私は価値のない人間。

自己嫌悪の嵐から抜け出せない。

気づいた時にはもう手遅れだった。

自分の価値を自分で否定する癖は自然と身についていて、自己嫌悪の嵐からは簡単に抜け出すこともできない。

自分のことを否定すればするほど、自分のことを嫌いになる。

嫌いになればなるほど、価値を見失っていく。

生きている意味なんてどこにもない。

ただ消費するだけの人間。

こんな人間は、どこにも要らない。

私の首を絞めつづける存在。

いつも首を絞められながら生きている。

息がしづらくて、苦しくて、それでももがいて生きている。

どうして呼吸が苦しいのだろう?

長い間悩んで、ようやく気づいた。

私の首を絞めている存在。それは、私自身だ。

誰かに否定されているわけでもない。
「今すぐ消えろ」と言われたわけでもない。

そう言っているのは、他の誰でもない自分自身だった。

人が持ってきてくれた酸素ボンベを拒絶するのも、私。

差し伸べてくれた手を振り払うのも、私。

苦しみの中から抜け出すことを自ら拒否していた。

染み付いてしまった呪縛

私にとって、「私」という存在は到底認めることができない存在だ。

自分の存在に対して首を縦に振ることはこれから先もなかなかできないだろう。

それほどに、自分の存在を否定するのが当たり前になってしまった。

自分の価値を自分で下げることに慣れてしまった。

でも、私に染み付いているこの呪縛は、私にしか取り払うことはできない。

自分が変わろうと思わなければ一生このまま。自分を嫌いなまま。

可哀想な自分を解き放とう。

少し視点を変えて、遠くから自分を見てみる。

ふと気づく。

私って、可哀想だな。

だって、周りには自分を大切にしてくれる人もいて。

自分を評価してくれる人もいて。

「ありがとう」を伝えてくれる人もいる。

「どうしたの?」と話を聴いてくれる人もいる。

それなのに、私の首は一向に解放されない。

私自身の手によって。

なんて独りよがりで、可哀想な存在なんだろう。

なんて失礼な人間なんだろう。

本当は怖いのでしょう?

「辛い」と叫んでいる方が気楽なのでしょう?

もう、そんな自分を解き放とう。

あなたは可哀想じゃない。

あなたは、輝ける人だ。

私は、輝ける存在になれる。

自分の首に置き続けた手は、ただ前に進むためだけに振り続けよう。

転んだ時に立ち上がるために使おう。

大丈夫、自由な両手と一緒に歩こう。

久保佳奈子
久保佳奈子
1994年生まれのライター・エッセイスト。不安障害/うつの経験から、生と向き合うようになりました。健やかに生きるための方法や、メンタリティについてをメインに書いています。

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