2019.06.19

繊細すぎて生きづらい。だからこそ、ここが私の世界。

久保佳奈子

久保佳奈子

繊細な自分を、殺さない。

人の感情が見える。辛い。

「感情が見える」と言ったら、「大げさだ」と言われるかしら。

でも、私には他人の感情が見える。

嬉しそうに笑ってる。
楽しそうに過ごしている。悲しそうだな。
あ、今ふと辛そうな顔をした。

これは嫌なんだな。
この人のことは避けているんだ。

人と関わるたびに、人の心が動く様子が見える。

「見える瞬間」もある。

でも、「見すぎてしまう瞬間」もある。

相手が嫌な気持ちにならないように。
嫌われないように。
気持ちよく過ごせるように。

先回りして、探って、気を張って。

そんな風に人と関わり続けていたら、人間関係に疲れ切ってしまった。

「気にしなければいい」?気になるんです。

気にしすぎているんだ。

そう分かっても、簡単に割り切れはしない。

そんなに気にしなければいいじゃん。

ううん、気にしなくても気づいちゃうの。

気づくから、気になっちゃうの。

頭の中には、いつも他人の感情を気にしている自分がいる。

それだけ聞けば、「他人を思いやってる」って良い人みたいに思えるでしょう?

本当は、怖いだけ。

人に嫌われるのが怖くて、他人の感情を窺っているだけ。

それに気付いていても、頭の中から消えることはない。

簡単に切れてしまう私の糸

こんな私は、きっと繊細。

繊細すぎて、生きづらくなっている。

繊細すぎて、変に強がろうとしている。

繊細がバレないように

太く見せかけている私の糸は、本当は簡単に切れてしまう。

触れられることなくして切れてしまうほどに、脆く、儚い。

繊細すぎる私が持つもの

悩んでも、きっと繊細な自分が居なくなることはない。

いつまでも繊細な一面と共に生きていくんだと思う。

だから、超がつくほどのネガティブ思考だけど、それでも繊細な自分を受け入れてあげたい。

「繊細」を捨てようとするのではなく、「繊細」を活かしたい。

繊細だから持っているもの。

たとえば、遠くどこかの知らない誰かに関する悲しいニュースを見て、それだけで涙を流す。

たとえば、「誰か助けて」と叫ぼうとしても叫べない人に、手を差し伸べることができる。

たとえば、人の「楽しい」も「嬉しい」も、もっと大きくしてあげたいと寄り添うことができる。

それが自分のためでしかなかったとしても、偽善だったとしても。

どこかで誰かの役に立てるのであれば。

繊細な私は、美しいはずなんだ。

繊細だから、美しいはずなんだ。

感じることができるから、見える世界。

私がもし、繊細に感じることができなければ、この文章を書くことはできなかった。

私がもし、繊細を殺そうとしていたら、儚くて脆くて、それでも強い私は、同時に死んでいた。

変わりたくないの?なんて聞かれても、分からない。

「生きづらい」って感じることだってあるもの。

それでも私は、繊細な自分を愛して生きる。

自分を殺さず、自分を生かして。

そうやって幸せを少しずつ積み上げていこう。

久保佳奈子
久保佳奈子
1994年生まれのライター・エッセイスト。不安障害/うつの経験から、生と向き合うようになりました。健やかに生きるための方法や、メンタリティについてをメインに書いています。

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