2019.06.04

どうせ生きるなら

毛穴の奥まで全部愛せる人。それが、大切な人。

ぼんちゃ

ぼんちゃ

人間は、全員汚くて醜い存在。それでも、愛したい。

好きな人の毛穴に気付いてしまう瞬間

私たちは、人間に揉まれながら生きている。

他者との関係の中で生きて、愛し愛され、時には妬み嫉み合い、いがみ合いながら生きている。

そして、その中には「好きな人」の存在もある。

愛する恋人。

親愛なる友人。

気の置けない仕事仲間。

人それぞれ、「好き」の対象は違う。

でも、誰もが経験したことがあるだろうこと。

近くに寄り過ぎると、嫌いになる。

とても好きだった人、とても仲が良かった人なのに。

距離が近くなりすぎた瞬間に、関係が上手くいかなくなる。

ある日突然、嫌われてしまう。

ある日突然、嫌いになってしまう。

そんな瞬間のことを、こう表現しよう。

好きな人の毛穴に気付いてしまう瞬間

「この人は、まっさらな綺麗な人だと思ったのに。」

「この人にも、汚い部分があったのね。」

そんな事実に気付いて、突然印象が変わってしまう。

「綺麗であること」を期待して

私たちは、好きな人に「綺麗」を求めている。

「あなたのことは信じて大丈夫でしょう?」と、正であることを求めている。

求めて、期待している。

だから、汚い部分を見た瞬間に、幻滅するんです。

「信じていたのに」

「素敵な人だと思っていたのに」

誰だって自分には毛穴があることを知っている。

そのくせ人には毛穴一つない綺麗な状態を求める。

自分の毛穴は隠さなきゃと必死になる。

少し遠くにいる他人の「綺麗そうな肌」には憧れる。

近くに居る人の毛穴は許容できない。

だから関係は拗れる。

人間誰しも、上手くいかないことがある。

もういい加減、あなたも気付いているでしょう?

全部が綺麗な人なんて、この世には居ない。

あなたがそうであるように。

私も、汚い。

醜い。嫉妬深い。弱い。脆い。

泣いて喚いて、偽物の笑顔を作って、機嫌を取ったり取られたり。

毎日の中で上手くいくことなんてごくわずか。

人間なんて、そんなもんだ。

私は他人の魂に入ったことはないけれど、きっとみんなそんなもんだ。

近づいて、喧嘩して、また近づいて。

不思議なことに、私たちは他人の毛穴を許容できないくせに、人とお近づきになりたがる。

そして、近づきすぎた結果、関係を壊す。

一度近くなった距離は、瞬く間に大きく広がる。

さらに不思議なことに、広がってしまった距離を「また埋めたい」と思う相手も居るものなのだ。

「あの人は汚い」ともう分かっている相手なのに、それでも近づきたいと思える相手も居るものなのだ。

人は、そんな存在のことを「大切な人」と呼ぶ。

毛穴が見えても、愛したい。

私たちには、「毛穴」という名の汚点がある。

誰にでも醜い部分がある。

そのくせ、他人には「まっさらな肌」を求めがち。

でも、稀に毛穴が見えても愛したいと思える相手に出会うことがある。

「そのままでいいよ」なんて言えちゃったりすることもある。

反対に、「そのままでいいよ」なんて愛してくれる人に出会うこともある。

醜い部分も、汚い部分も、許容できる相手。

大切な人。

もしかしたら、そんな存在に出会えることって奇跡なのかもしれない。

あなたのことは、毛穴の奥まで愛し続けるよ。
ぼんちゃ
ぼんちゃ
人生について思考することが大好きな20代ウーマン。 モットーは「素直に生きる」こと。 Daria Meでは、人生やメンタリティに関する記事をメインに書いています。

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