2019.05.01

どうせ生きるなら

タイトルが見つかりませんでした。

これ以上、何者にもなれないみたいだわ。

私、これ以上、何者にもなれないみたいだわ。

私って、誰なんでしょう。

私って、何者なんでしょう。

私って、これ以上どうなりたいんでしょう。

人生まだまだ先が長そうなのよ。

私、生き尽くした気がしてしまうのよ。

私。誰ために生きているんでしょうか。

浮き足立ったこの街も。

騒めき出す人混みも。

全部色褪せて見えて、全員が敵に見える。

味方なんてきっとどこにも存在しなくて、誰も私を愛そうとしてくれないみたいなの。

「大丈夫だから」って我慢して強がるたびに、血が滲むような感覚があった。

唇を強く噛みしめれば、全部我慢できるんじゃないかって。

私なりに苦労もした。

私なりに頑張って生きてきたつもり。

口から出そうになった「もうやめたい」って言葉。

でも、全部飲み込んで生きてきた。

風邪をひいて喉を痛めている時に固形物を飲み込むような違和感と苦しさがあった。

それが正しかったか、正しくなかったのか、誰が教えてくれるのでしょうか。

誰のために頑張っているんだろう。

誰のために我慢しているんだろう。

誰のために生きているんだろう。

全て紐解けてしまったら…正解が見えてしまったら…

きっと私はここに存在する意味すらなくなってしまうでしょう。

いつだって、生と死の境目で揺れる。

生と死の狭間で揺れながら生きているから、人々は美しく見えるのでしょうか。

生きることに悩み苦しんでいる人の方が、人生を味わっているように見える。

楽しそうに生きる人も、誰にも言えない苦しみや想いを抱えているらしい。

でも、見えなければ何もわからない。

私はすぐ察してしまう人間だから、全て見えてしまっているのだけれど。

それで救えた人もいた。支えになれたこともあった。

でも反対に、気づきたくないところまで気づいてしまって、人を傷つけてしまったこともあるんだ。

いつだって人は、生と死の境目で揺れている。

どんなに悩まない人だって、どんなに幸せそうに見える人だって、誰だって何か抱えて生きているんだ。

タイトルが見つかりませんでした。

今だって、きっと誰かが泣いている。

きっと誰かが死のうとしている。

私も誰かが笑っている時に、死のうとしたことがある。

好きな人を世界の中心にして生きていたり、好きな人を中心に回る世界の端っこで泣いていたり。

嫌いな人を自分の世界から追い出して、嫌いな人を見ないふりして見ていたり。

そんな人生だったのよ。

今まで、楽しかったことも幸せだったこともたくさんあったわ。

でも、誰かが褒めてくれるような人生ではなかったのよ。

大それたこともできない。

本物の愛だってまだ知らない。

憧れられるような人間にはなれない。

それなら、誰のために、何のために、生きているのでしょうか。

この命を何のために、これだけ燃やしているのでしょうか。

きっと全て、私のために私が勝手に生きているだけなのよ。

いいじゃない。どうせ生きるなら、自分のために生きたって。

あーやん。
あーやん
株式会社DariaMe代表|21歳 元精神疾患 バイセクシャル 『生きるという当たり前に真剣に向き合います』

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