2019.04.28

競い合うのには疲れました。ゆとり世代なもんで。

競い合うのには疲れました。

競い合うのには、疲れました。

いつだって世の中は当たり前や常識や建前で溢れてるし。

世間から少しでもズレたら「あいつさ〜」って言われるし。

普通でいないと「あいつイキってる」「あいつ気取ってる」って言われるし。

常識の壁を超えてみたら「住む世界が違う」とか言われるし。

そんなことに、いちいち気にしたくなくても、私たちは気にしてしまうし。

私たちは仏じゃねぇんだよな。悟り開いたりしてないんだよな。

孤独とか、不安とか、裏切りとか、悲しみとか、常識に悩めるから人間なんだよな。

感情があるから人間なんだよな。

でも、その感情や世の中の常識のせいで、疲れました。

もう、誰かと競い合ったり、世間と戦うの疲れました。

めんどくさいんです。

怒る人たちに言いたい。「怒らないでくれる?怖いから。」

ゆとり世代に生まれたこと。

私たちは世間で言う、ゆとり世代だ。

怒られることも少なかったし、厳しい教育を受けてきたわけではない。

両親も昭和ほど怒るタイプではないだろうし、教師も虐待やモンスターペアレントを怖がってさほど怒らなかった。

だから、私たちは世間的には甘やかされてきたのかもしれない。

でも、そうやって生きてきたからって「舐めてる」「甘えてる」なんて言わないでくれ。

さらに言えば、こっちも『ゆとり世代』のせいにするのも疲れたし。

「ゆとりだからしょうがなくない?」って言ってきたけど、それを言うことにも疲れました。

多分、この世の中に対して疲れたんだと思います。

世間と戦うことや向き合うことに対して、疲労感が溜まってきました。

私たちは多分。見本の大人にはなれない。

きっと、いい大人の見本にはなれないかもしれない。

尊敬される大人にはなれないかもしれない。

絶大な影響力を与える大人にはなれないかもしれない。

でも、伝えたいことはたくさんある。

私たちの教育は間違っていなかった。

多様性が生まれて、それぞれが学ぶことや遊ぶこと、自分の生き方を自由に選択するようになった。

たくさん勉強して、いい大学を出て、大手に就職して、結婚するという王道ルートではない道を選ぶようになった。

親の言うことだけが全てではないと、知るようになった。

今までの正規ルートだけが生きる道ではないと、知るようになった。

SNSの発達や、ネットワークによる繋がりのおかげや、ネット情報のおかげで、『ものを知る』ということのハードルが下がった。

知ることは生きることに対して大きな一歩になるんだと、知ることができた。

私たちは多分。見本の大人にはなれない。

でも、それでもいいんだ。

自分らしい生き方を、自分たちで見つける。

競い合うことには疲れたんです。

でも、競わない日本が少しずつ構成されてきた。

私たちは私たちの生き方を見つけ、生きやすい形を見つけたらいいんだ。

Ayano
Ayano
株式会社DariaMe代表|22歳 バイセクシャル 『生きるという当たり前に真剣に向き合います』

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