2019.04.17

普通に生きたい。ただそれだけなのに。

普通に生きたい

普通に生きたい。

何度願えば、この思いは叶うのでしょうか。

私はただ、普通に、普通で、普通を、望んでいるだけなのに。

どうして普通にしてくれないのでしょうか。

SNSで見るあの子は、死にたいなんて思ったこともないのでしょう。

普通であることに感謝しながら、幸せの中を生きているのでしょう。

私は何を間違えた?

どうして普通に生きられないの?

普通に生きていた、あの頃。

普通に生きていた、あの頃。

友人との話が、普通に楽しかった。

普通な毎日は時に苦しく、辛かったけれど、

乗り越えた時には笑顔になれて、

ここまで来れてよかった!みんなありがとう!!!

なんて素直に言えた。

あの頃の私は、もうどこにも居ない。

普通な毎日は、もう二度と戻って来ない。

どうして「普通」が出来なくなってしまったの。

今の私は、普通じゃない。

友人と話をしていても、楽しくない。

普通の話を聞いても、心の底から笑えない。

羨ましい、妬ましい。

普通に笑っているその姿に嫉妬して、顔は引き攣るばかり。

人と居ると緊張するし、人混みだって歩けない。

普通に都内で遊んだり、休日にみんなで集まってはしゃいだり、

最高の友達、みんなありがとう!ってSNSに写真を載せてみたり、

もう、そういうの全部。

何にも出来ない。出来ないの。

どうしてあの子には出来て、私には出来ないの?

私はあの子と何が違うの?

みんな、どうして同じような笑顔を並べて居られるの…?

私は普通じゃないから…。

普通じゃない自分に気づいてからというものの、私はどんどん卑屈になっていく気がしている。

私は、卑しくて、屈折している人間。

普通じゃない自分に辟易として、他人の幸せを眺めては病んで、どうして?って自分を責める。

ずっとその繰り返し。

でも、実は私はもう知っている。

普通なんて、どこにもないってこと。

みんなの「普通」は、「普通に見えるだけ」ってこと。

自分だけの普通を、必ず作るわ。

私は、あの子たちの普通では居られない。

あの子も、あの子も、あの子も。

みんなが過ごしている「普通」には、なれない。

でもね、あの子たちには、私の普通は手に入らない。

卑しくなって、屈折したからこそ、見えるようになったいろんな角度の世界とか。

一見「白」に見える世界の、「黒」を拾い上げることとか。

死にたいほどに生きたい、この感情とか。

私の近くに居てくれる、愛に溢れかえる人の姿とか。

人間が人間らしく、輝く瞬間とか。

私にとっての、普通の世界。

あの子たちが、知らない世界。

これでいい。

これでこそ、私。

私は、やっと私になってきたみたいです。

このまま自分を駆け抜けるよ。

私だけの普通を、必ず作っていくから。

 

ぼんちゃ
ぼんちゃ
人生について思考することが大好きな20代ウーマン。 モットーは「素直に生きる」こと。 Daria Meでは、人生やメンタリティに関する記事をメインに書いています。

コメントを書く

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

DariaMeをフォローする