2019.02.28

しんどい。苦しい。誰か助けて。

ぼんちゃ

ぼんちゃ

「助けて」と叫ぶことが、どれだけ大事なことか、私は最近知りました。

生きるのしんどいんだけど。

毎日頑張って生きてきた。

ここまでよく走って来れたなって、自分でも思う。

…ねえ、もう解放してくれない?

もしくは、誰か助けてください。

私、もうこのままやっていけそうにありません。

苦しすぎて意味不明

私、ここまで何のために頑張ってきたの?

こんなに苦しい時間を迎える為に、生きてきたの?

自分の人生の中心って、私じゃないの?

私が中心の人生のはずだよね?

それなのに、どうしてこんなに苦しいの?

お願い誰か、答えを教えて。

もしくは。誰か助けてください。

どんな形でもいい。
何でもいいから。

とにかく私が助かるのなら、それでいい。

それだけで十分だから。

「助けて」という防犯ブザーは、鳴らせなかった。

助けてってお願いして、誰かが助けてくれたことって、これまでどのくらいあったんだろう。

そもそも、私、人に「助けて」ってお願いしたこと、あったっけ。

…ううん。

私、「助けて」って声を上げる前に、一人で自滅してしまっていた。

防犯ブザーは持っていたのに。
鳴らすことが出来ていなかった。

助けを求めていたら?

もし私が、あの時助けを求めていたら。

きっとあの人は、駆けつけてくれただろう。

きっとあの人は、電話をくれただろう。

きっとあの人は、一緒に泣いてくれただろう。

私は、「あの人たち」に頼ることが出来なかったんだ。

「助けて」と言えず、ただ待っていた。

もしかしたら、私は怖かったのかもしれない。

「助けて」と叫んだのに、誰も助けてくれなかった、という結果が待っていることが。

助けをくれる人が居ないことを恐れて、防犯ブザーを鳴らすことが出来なかったんだ。

今の私は、すぐに叫んでしまうよ。

お願い誰か助けて!しんどいよ!苦しいよ!

叫びながら、泣きながら、嘆いたり、悲しんだり。

でもそうやって叫んでみるとね。

「誰か」がやって来てくれるんだ。

どうしたの?って声をかけてくれるんだ。

結局私は、自分から言うことを恐れて、誰かが来てくれるのをただ待っているだけだった。

だから「助けて」というたった一言を放つことが出来なかったんだ。

「助けて」と叫ぶこと

人が、自分以外の人の考えや思いを完全に理解することは、到底難しい。

私がいくら助けてほしい状況に居たとしても。
他人からそれが分からないことは、いくらでもあるんだ。

だからこそ、私たちは「助けて」と叫ばなければならないの。

「助けて」って声を上げる必要があるの。

私が助けて欲しい時には、あなたに助けてもらう。
あなたに助けが必要な時は、私が助けに行く。

人間って、そうやってみんなで生きていくものだから。

まずは、大きな声で叫んでみよう。

 

私は今、苦しいよ。誰か、助けて?

 

ぼんちゃ
ぼんちゃ
人生について思考することが大好きな20代ウーマン。 モットーは「素直に生きる」こと。 Daria Meでは、人生やメンタリティに関する記事をメインに書いています。

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