2019.01.29

私は「明日が来る」と当たり前に信じている

ぼんちゃ

ぼんちゃ

いつ終わるかなんて知らないし、考えることも辞めた。 終わらせないことの方が、私には簡単だから。

明日なんて来なければいい

今日も目が覚めてしまった。
ああ、今日もまた生きるのか。

せっかく一日を終わらせたのに。
やっと一日を乗り越えたと思ったのに。

また今日が始まってしまった。

毎日が、そうやって続いていく。

終わったと思ったら、また今日がやって来る。

一体いつまで繰り返せばいいのでしょうか。

「終わりの日」は、いつになったらやって来るのでしょうか。

明日が来るのは、当たり前

私はそんな風に毎日を生きていながら、明日が来ない世界を本気で信じたことは、無かったのかもしれない。

明日はどう乗り越えよう
明日が来なければいいのに

そう願っている時点で、私は明日の存在を疑っていなかった。

私にとって、「明日が来る」のは、当たり前のことだった。

終わらせたら、明日は来ない

終わらせようと思っても、終わらせることは出来なかった。
出来なかったからこそ、今もここに居るわけで。

あの時、私が終わらせることが出来たら、世界はどうなっていただろう?

きっと、世界はそれでも回っている。
社会も経済も、何の問題もなく動く。
家族や友人は、悲しむだろうけど、それでも強く生きている。

きっと私が私を終わらせても、世界は何も変わらない。

でも、私に明日が来ることは、なくなっていた。

今こうやって、言葉を綴ってはいなかった。
終わらせなかったから気付いた存在に、出会うことはなかった。

当たり前のことなのに、私は知らなかった。

終わらせたら、明日はもう二度と来ない。

どうしたって続いていくのなら。

終わらせることが出来ない私には、また明日がやって来る。
そしてそれを、当然だとすら思っている。

私には、明日がある。

明日もまたきっと、目が覚める。
「今日」の存在に、また向き合わなければならない。

今日よりもっと苦しいかもしれない。
今日よりもっと辛いかもしれない。

でも、私は明日を終わらせない。

終わらせることを捨ててみた

私には、終わらせる勇気は、結局ない。
終わることも、終わらないことも、どちらも怖い。

何をするのも、怖いから。
怖くて怖くて、仕方がない。

そう、生きるのも、終わるのも、怖いんだ。
どっちに進むのも、怖い。

どっちも怖くて、どっちからも逃げたい。

だから私は、「終わらせること」を一旦放棄した。

終わらせないことは、今の私には出来るから。
幸いにも当たり前に想像できる明日が、私にはあるから。

いつ終わるかなんて知らないし、考えることも辞めた。
終わらせないことの方が、私には簡単だから。

終わらない日々の積み重ねが、私にちょっとした微笑みをくれる瞬間もある。
そのほんの少しの暖かさだけで、今は十分。

ぼんちゃ
ぼんちゃ
人生について思考することが大好きな20代ウーマン。 モットーは「素直に生きる」こと。 Daria Meでは、人生やメンタリティに関する記事をメインに書いています。

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