2019.01.26

私の親友。大きなピアノさん。

ぼんちゃ

ぼんちゃ

私は、自分を支え続けてくれた音楽から逃げた。それでもずっと、ピアノは私の側に居てくれた。そんな私の大親友を紹介します。

大きな大きな、ピアノさん。

ピアノさん。
大きくて真っ黒で、色んな音を奏でてくれる、ピアノさん。

私は、貴方との出会いを覚えていない。

物心がついた頃には、いつも私の側に居た。
毎日毎日触れていた。

今、貴方と毎日触れ合うことはなくなった。
いつの間にか、少し距離が出来てしまったね。

それでも、私は未だに。
貴方の存在に、救われて、生きています。

私の大切なピアノさん。

音との出会い

音楽に出会って、私の世界は輝いた。
正直その出会いすら、私の記憶にはない。

出会いは2歳の頃。

何か楽しいことをやらせてあげたいなと、母が音楽教室に連れて行ってくれたそうだ。

その体験教室で、私は目を輝かせた。

この世界に、こんなに楽しいものがあるの!?

そんな表情で、今まで見せたことのない表情で、体験レッスンを楽しんでいたらしい。
その様子を見て、母がすぐに私を音楽教室に通わせてくれた。

最初のうちは、ピアノに触れることはなかった。

タンバリン、カスタネット、ギロ、太鼓。
打楽器たちを、叩いて遊ぶ。
そして、声。歌う。

それが私と音楽の出会いだった。

ピアノを叩くと、私の世界が大きくなる。

4歳か5歳から、ピアノのレッスンが始まった。

その頃から、少しずつレッスンの記憶も残っている。
最初はきっと、ただ遊んでいるような感覚だった。

鍵盤を押すと、音が鳴って、弾ける。
大きな楽器を自分が操る感覚。
私の音が、広がる世界。

それがただ楽しくて。
色んな鍵盤を押して、遊んでいた。

ただの音遊び。

ようこそ我が家へ。

小学生になった私は、大きなプレゼントを買ってもらった。

アップライトピアノ。

大きな大きなピアノ。
電子ではない、本物のピアノ。

クレーンで吊るされて、私の部屋がある3階に、そのピアノはやって来た。

あの時の興奮と、嬉しさと、喜びと。
今になっても忘れることはない。

お父さん、お母さん、ありがとう!
いっぱいいっぱい練習するね!!!

それから私は、「上達するための練習」を意識するようになった。
毎日ピアノを弾いた。

練習するのが嫌になることは何度もあった。
弾けなくて悔しくて、もう今日は弾きたくない!なんてこともあった。
悔しさを鍵盤にぶつけることもあった。

それでも、大きな大きなピアノは、毎日そこに居て。
私は次の日も、結局またピアノの前に座る。

新しい楽器との出会い

忘れもしない、小学5年生。
私は浮気をした。

サックスという楽器に出会ってしまったの。

衝撃的に格好良くて、この楽器が吹きたいという衝動に駆られた。
スイミングスクールをやめるから、代わりにサックスを習わせてくれと両親にお願いし、
自分でスクールを探して、小学生にとっては大きなアルトサックスを抱えて、月に2回のレッスンに通い始めた。

サックスは、とてつもなく刺激的だった。

ピアノと違って、自分と一体化するの。

ピアノは、私を操るけれど。
サックスは、私に操られる。

私の魂と一体化して、自分の全てが音に乗る。

私は次第に、サックスにのめり込んでいった。

それでも、離れない。

それでも、私がピアノと離れることはなかった。

大学受験の直前までレッスンも続けていた。
どんなに他の生活が忙しくても、ピアノの練習は続けていた。

どうしてかな。
どうしてだろう。

当時は考えもしなかったけれど。

私はきっと、ピアノが大好きだから。
ただそれだけ。

サックスが怖い

約4年前。
ありとあらゆるものに恐怖を抱くようになった私は、身近に居たサックスがすっかり怖くなってしまった。

吹くことが出来なくなってしまった。
ケースを開いて、対面することも出来なくなってしまった。
それまで好んで聴いていたサックスの入った音楽さえ、聴けなくなった。

サックスの音を連想すると、「ミス」をした時の音しか思い浮かばないようになってしまった。

私の、大好きな音楽。

大好きだったサックス。
時間もお金も費やしてきたサックス。
憧れの存在、サックス。

どうして怖いの?
音楽は、もう私と一緒に居てくれないの?

ずっと自分の支えだったものが、居なくなって。
私の心は悲しみと寂しさと、自己嫌悪で支配された。

ピアノはそこに居た

そんな時でも、私のピアノは、ずっと私の側に居た。

特に主張をするでもなく。
ただただ、そこに居てくれた。

サックスが私の分身だとするならば。
ピアノは私の親友。

私を客観的に見てくれている存在なの。

だから、音楽から遠ざかった私に、

音楽ってそんなに怖くないよ?
私はいつもここに居るじゃない。
弾きたくなったら、弾けばいいじゃない。

別に毎日会わなくたって、私は平気よ。
いつまでもここに居るから。

そんな風に、大きな体で語りかけていた。

辛い時も苦しい時も、
ずっと私の部屋に居たピアノは、
私の全部を知っているかのようで。

私はまた、音楽に近寄るようになった。

ねえ、ピアノさん。

ピアノさん。
大きな大きな、ピアノさん。

私は貴方に何を与えられたのか分からない。

もうずっと昔に我が家にやって来て。
私よりピアノが上手な人なんて沢山居るのに、毎日私の演奏に付き合わされて。
いつの間にか、サックスに浮気されたり、勝手に離れて行ったりして。

それでも、貴方はいつでも私を見てくれていた。
私に音楽を教えてくれた。

実家に帰って、久しぶりに貴方と対面するたびに、私は嬉しい気持ちと、もうあまり指が回らないことへの悔しさに、心を揺さぶられるの。

いつまで経っても、私は貴方が大好きで。
大好きだけど、私自身は貴方の中には居なくて。

貴方が貴方で、そこに居てくれるから。
私はまた、貴方の前に座ろうと思えるんだ。

私が貴方と過ごして、向き合っていたあの時間たちは、間違いなく輝いていた。
貴方は私が輝ける瞬間を、私に教えてくれた。

たくさん練習をさせてくれて、
たくさん夢中にさせてくれて、
私をいつでも見守ってくれていて、
ありがとう。

「音楽」という楽しみを最初に教えてくれた貴方は、
今でも、いついつまでも、私にとって、大きな存在です。

一生一緒に、居てください。
これからもよろしくね。

ぼんちゃ
ぼんちゃ
人生について思考することが大好きな20代ウーマン。 モットーは「素直に生きる」こと。 Daria Meでは、人生やメンタリティに関する記事をメインに書いています。

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