2019.01.08

どうせ生きるなら

平成が終わる。21年しか生きてないけど、エモくて楽しかったな。

あーやん。

あーやん

エモい。その一言で片付けていいのか。平成という年は、私たちの生きた証。20代の生きた証。

平成が終わってしまう。

平成9年のまだ暑さが残る9月に生まれた。

私の生まれた年には、can you celebrateがリリースされた。

109の流行が続き、キャミソールやストレッチブーツが流行った。

たまごっちやデジモンやエヴァンゲリオンも流行っていたらしい。

ポケベルから携帯電話へと変わり、私たちはポケベルを知らない。

なんだかんだ幸せな日々だったな。

たった21年しか生きてないけど、楽しかったな。

平成が終わったら、一気に老けた気分にでもなるのかな。

ミレニアル世代と呼ばれ、ゆとり世代と呼ばれた私たちは、平成が終わるとともに一歩大人にならなくてはいけないのかもしれない。

全部が懐かしい

小さい頃、プリキュアおジャ魔女どれみを見てた私は、キラキラ戦う女の子に憧れたな。

毎月届くしまじろうの付録が楽しみで、あの頃は勉強が好きだったな。

リボンを読みながら「男女が恋に落ちる」ということを覚えたな。

保育園のみんなで世界に一つだけの花の手話を覚えて両親の前で発表したな。

バレエで遅くに帰宅する私を心配した両親が初めて買ってくれたのはdocomoのこども携帯だったな。

初めて触ったゲーム機はPSPニンテンドーDSだったな。

お姉ちゃんと「青いベンチ」を一緒に歌いながら、家事のお手伝いをしたな。

お姉ちゃんが聴く曲全部好きになって、MDに入れて聴いてたり、大好きなアーティストの曲が発売されるってわかってから家事頑張って、パパにCDねだってたな。

中学に入るとみんなmixiグリー前略プロフィールをやってたな。

mixiの紹介文に彼氏が「俺の女」とか書いてたの、今考えると黒歴史だな。

好きな人から足跡がつくだけではしゃいで喜んでたな。

中学3年生になる頃からTwitterを使い始める子が増えて、「Twitterやってないと恥ずかしい」みたいな変な文化もあったな。

気づいたらiPhonを使ってて、連絡手段はメールからLINEに変わっていったな。

デコメで「あけおめ」とか送ったり、何度も受信確認して、大好きな先輩から連絡来てないか確認してたな(笑)

あの頃の思い出も全部

あの頃の思い出も、あの頃使ってたものや好きだったもの。

今でも本当に大切だな。

JulietとLil’BとKG聴いて、「恋」なんてよくわかってなかったのに、共感して泣いた。

そんな日々がどれだけ楽しくて幸せだったかな。

青春は全部平成に置いていかなきゃいけないのかな。

次も持っていっていい?

ガラケーの裏に元彼とのプリクラ貼ってあるんだけど、そのままにしていい??

この柔らかい風も、勝手に過ぎていく時間も、勝手に過ぎ去っていった青春も、全部全部宝物のようにキラキラ光っていて。

宝石箱がずっと胸の中にあるみたい。

あーやん。
あーやん
株式会社DariaMe代表|21歳 元精神疾患 バイセクシャル 『生きるという当たり前に真剣に向き合います』

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