もう誰かの為に語るのは辞めた

もう誰かの為に語るのは辞めた

心の底から、言いたいこと

口は達者な方。
人前で話すのも苦手ではなかった。
まとめて話すのも、論理立てて話をするのも、得意な方。

でも、心の底から思っていることを語ったことって、一体どれだけあっただろう。

私はいつから「人の為の言葉」を語るようになったんだろう。

相手が欲しがる言葉

いつからか分からない。

「ああ、この人は、私にこう言って欲しいんだろうな」

相手の欲しがっている言葉が、なんとなく分かるようになった。

その言葉をあげれば、相手は喜んでくれる。
そっか、そういう言葉だけ選んでおけばいいや。
そんな風に思うようになった自分が居た。

私の言葉は届かない

ある時。

友達から、仕事を辞めたいという相談のLINEが来た。
彼女の話を聞いて、私は自分の思いを伝えてみることにした。

そんなに辞めたいなら、辞めちゃいなよ。
嫌で嫌で仕方ないんでしょ?
だったら、辞めて他の道に進みなよ。

これは、私の本当の気持ちだった。

彼女とは今は進んでいる方向は違う。
でも、私にとって大切な友達で、大切だからこそ、自分の気持ちで話をしたいと思った。
大切に思っているからこそ、彼女のために、伝えたい気持ちだった。

かなり長文で、私なりの気持ちを文字に乗せた。

結局。
私からの長文に対して、彼女からの返信はなかった。

傷ついたというより、「ああやっぱり。」という気持ちだった。

彼女が欲しい言葉は、私からの本気のアドバイスではなかった。
多分、仕事の愚痴を聞いて欲しかっただけだった。
これはかなり前の話だが、実際今も彼女は同じ仕事を続けている。
ただ単に、不満を言いたかっただけ。

分かってた。
そんなの分かってた。

でも、自分の気持ちで話をしてみたかった。

人の為?自分の為?

今振り返ってみて思う。
結局私の言葉たちは、彼女のためでもなんでもなかったのかもしれない。
彼女のためを思うのなら、「辛かったね、しんどかったね、偉いね」それだけ伝えていればよかったのかもしれない。

でも、そこに私の気持ちは入っていない。
感情の無い言葉なんて、死んでいるも同然。
そんな言葉を綴るくらいだったら、何も言わない方がいいのかもしれない。

今の私は、「相手のために」と思って発言することはほぼない。
全部自分のため。自分の言葉を吐く。

本気の言葉

いつからだろう。本気で人と話をしなくなったのは。
相手に感情をぶつけることを諦め始めたのは。

正直、人と本気で話をすると、疲れる。
だからもう自分の言葉を言えない場・言いたくない相手に対しては、私は言葉を向けることを辞めた。

それで良いんだ。
人間全員と真剣に向き合ってたら、疲れるんだもん。

大切な人にだけ、本気で向き合う。
私の言葉をたくさんぶつける。吐き出す。綴る。

それに、今この時代。
インターネットという場所がある。

ここに私の言葉を置いてみる。
どこかで誰かに届くかもしれないから。

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