私が生きやすい世界は、私が作る。

私が生きやすい世界は、私が作る。

生きづらい世界

この世は、何て生きづらいんだろう。

呼吸をすることさえ、苦しい。
ただ前を向いて歩くことさえ、一苦労。
毎日笑って居られることなんて、とんでもない幸せ。

どうしてこの世はこんなに生きづらいの?

いじめをなくす?そんなの無理。

「いじめ」が存在しない学校なんて、果たしてあるのだろうか。

人間は、醜い感情も持ち合わせている。
嫉妬とか、恨みとか、許容できない感情とか。
それを全て押し殺すことは、出来ない。
他人になすりつけることで、自分が楽になろうとしてしまうこともあるだろう。

そういう感情がある時点で、自分を守ろうとする心理から他者を攻撃してしまう、という行為を完全になくすことは、おそらく不可能でしょ。

その行為こそが、いじめなんだから。
いじめがない学校なんて、人間が居ない学校にしかあり得ない。

勿論いじめなんて絶対肯定しないよ。
でも、人間の頭の中の構造を考えたら、「いじめを無くそう!」というコトバは、綺麗ゴトに聞こえてしまうの。

世界平和?そんなの無理。

全世界が平和になることなんてあるのだろうか。

たとえば、全ての国同士、さらには国内での紛争。
そういうもの全てを禁止する決まりができたとしても。

そこにあるのは、「世界平和」ではないと思うの。
完全な世界平和の実現なんて、不可能でしょ。

人間には、相性がある。
だから、全ての人間同士が良好な関係を築くなんて、無理。

もしそれが叶うのだとしたら、それは人間一人ひとりの「個性」そのものが失われている状態でしかあり得ない。
つまり、それはもう人間ですらない。

私たちは生きている

私たちは、この世で生きている人間なんだよ。

一人ひとりに、考えがあって。
一人ひとりに、生きてきたストーリーがあって。
一人ひとりに、大切な人が居て。
一人ひとりに、苦しみがある。

それは、私たちが「人間」だからなんだ。

生きやすい世界なんてこの世にはない

この世の全ての「いじめ」をなくすことは出来ない。
この世で「世界平和」を実現することは出来ない。

そう。

生きやすい世界なんて、そもそもどこにもない。

でも、自分が生きやすい世界は、作れる。
自分次第で、作れるの。

私が生きやすい世界を、作る。

貴方にとって大切な人は誰ですか?
貴方にとって守りたいものはなんですか?
貴方が失いたくないものはなんですか?

自分の心によく聴いてみて欲しい。

貴方にとって大切なものが、輝く世界。
そんな世界は、貴方次第で作ることができる。

大切じゃないものからは、逃げたっていい。
捨てたっていい。
手放してしまったっていい。

自分と、自分の大切な人が生きやすい世界を。
貴方自身の手で作ることができる。

どうせ生きるならカテゴリの最新記事