2018.12.12

どうせ生きるなら

趣味も特技も何もない。でも、誰しも「アレ」を持ってるの。

あーやん。

あーやん。

何もないと悩む必要なんてない。自分には何もできないと悩む必要なんて、どこにもないのよ。

「私には何もない…」なんて

学生時代、特に悩んだこの問題。

「私には何もない…」

特技もないし、特化した何か武器があるわけでもない。

没頭できる趣味や、リフレッシュになる物事もない。

アクティブに動くこともなければ、何が楽しいのかわからない。

でも今の私は

「毎日何していても楽しくて仕方ない!!」

そんな風に思っている。

私がこれに気づけたのは、ある出来事があったから。

今日はそんなある女の子の人生の一コマ。

伝えたいことも、生きる意味もない。

それぞれ仕事が好きで生きていたり、恋人が大好きで生きていたり、家族が大切で生きていたりする。

他にも、仕事は辛いけど土日趣味に没頭できるから、とか。

恋人はいないけど沢山の友達がいるから、とか。

それぞれ生きる意味がある。

それぞれ、自分の人生をそれなりに楽しんでいる。

それが羨ましくて仕方なかった。

でも私って、普通の家族の何倍も両親と仲が良くて、彼氏も居たし、夢もあった。

なのに、生きる理由はなかった。

死んでも後悔しないと思って居た。

だって、周りに沢山の人がいても、夢があっても、趣味や特技がないだけで「存在意義」を感じられなかったから。

そんな時に気づいた。

「私、持っているものは何もないけど、誰でも持っているものが一つだけある!」

「命だ!心臓がある!動いてる!」

そう思っただけで、なんかすごく生きやすくなって(笑)

生きている人間全員が持っているものじゃん。

だからいいやって!

「死にたい」と思うことが心地良かった

悩んでいても立ち止まって考え込んでいても、誰も幸せになれない。

何より自分が一番幸せじゃない。

実は当時の私は、「死にたい」と思っている自分が好きだった。

というより、心地良かったんだと思う。

「死にたい」とか「辛い」とか「私は孤独だ」って思うことで逃げ道を見つけられた気がした。

逃げられることの喜びを感じていた。

視座は低いほうが楽だから。

頑張らないほうが楽だから。

逃げられるなら、逃げていた。

いつだって楽な道ばかり見つけては、「あぁここが一番居心地がいい」って思っていた。

ハードルは潜る。

嫌なことからは目を背ける。

それでもいいと思うんだよね。

だって、無理して生きていたくないじゃん。

自分が毎日超楽しいと思えるのは、嫌なことからずっと逃げてるから。

それでもいいと思っている。

無理して頑張って生きようと必死になっていたあの頃より、今の方が何倍も幸せ。

自分の人生なんだから

他人にこう思われるから、頑張らなきゃいけないとか。

他人に「甘えてる」と思われるから、やらなきゃいけないとか。

クッソほどどうでもいいよね。

だって自分の人生じゃん。

何言われたって、どうでも良くない?

私、その人のために生きてないし。

私、その人のために頑張ってるわけじゃないし。

私、自分の人生を生きてるし。

好きでもない他人のために膨大な時間を使って、自分の心臓すり減らしたくない。

人生短いんだから、私は私の人生を生きたい。

私には「心臓」がある。

みんなにも「心臓」がある。

その心臓、誰のために使いたい?

自分のために使いたくない?

ってか、自分のために使えないくらいなら、いらなくない?

誰かにあげるよ、この心臓。

そんな風に思うだけで生きやすくなる。

簡単になる。

悩んでいることも、無理していることも、立ち止まっていることも馬鹿らしくなるよ。

あーやん。
あーやん。
躁鬱病/バイセクシャル/DV/イジメを乗り越え、DariaMeを立ち上げ。 『生きるという当たり前に真剣に向き合います。』

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