2018.11.16

メンタリティ

白も黒も選べない。真ん中のグレーで生きてきた人生

あーやん。

あーやん。

優柔不断とかそういうことじゃない...嫌われるのが怖かった。

白黒はっきりとか…

白黒はっきりさせて生きるなんて私には到底できなかった。

好きとか嫌いとか思っていても言えない。

でも好き嫌いははっきりしていて、0か100でしか物事を捉えることができなかった。

それでもいつも嫌われたくないから真ん中を選んで生きて来た。

白黒はっきりしないと嫌な性格なのに、それを伝えることができないなんて、普通に生活しているだけで難しかった。

決断ができない。

選択ができない。

そんな日常の中で私は、どうやって生きていけばいいのかわからなくて、ずっとグレーを愛してきた。

曖昧だから人に何か言われることもない。

嫌われることもなければ好かれることもない。

そんな日常がどこか心地よくて、「このままでいいや」なんて思っていた。

そう、あの頃までは。

真ん中のグレーで生きてきた人生

真ん中のグレーで生きてきた人生は果たして幸せだったのか。

人はみんな死ぬときには灰になって、グレーになる。

だからこそ生きてるうちは白か黒で生きていきたい。

でもそんなこと私にはできなかった。

ましてや色を持つなんて私には到底できなかった。

難しくて考えることすらなかった。

他の選択肢があるなんて知らなかった。

全てにおいて楽な方に、そして誰からも嫌われない方に自分の感情や発言を操った。

いつだって八方美人して、意見を問われた時は「同じ気持ちです」「私もそう思います」「同意見です」なんて何も答えになっていない返答をしては、その場を乗り切ってきた。

代わりに私の印象は誰にも残らなかったと思う。

現実は真っ黒でいつだって光なんてなくて、だから曖昧な毎日でも何の感情も抱かなくなったんだろう。

残酷すぎる毎日から逃げるためなら何だってした。

選ばなくていいなら選ばなかった。

誰かが選んだ道を私も後ろついて歩いていけば、きっと出口に向かうだろうと思って歩いてきた。

それがこんなにも退屈で、こんなにも無意味なんだって気づいたのは最近だった。

「色をつけて生きたいの。」

意味がわからないかもしれないけれど、私の細胞や私の脳みそが急に色を持ちたいと私に訴えてきて、私はそれに応えるしかなかった。

自分の道は自分で切り開く。

好きなものは好き。

嫌いなものは嫌い。

はっきりと物を伝えるようになってから、周りの見る目が変わった。

「この子は面白い」「この子は異端児だ」「面白いほどに狂っている」「この子に出会えてよかった」

そんな今まで浴びたことない言葉をたくさん浴びた。

見たことのない世界を見た。

自分の意見を伝えるだけでこれほどに世界が変わるのかと実感した。

今まで自分の感情は音楽やファッションや絵画やコラージュに表現してきた。

でも、私が生み出すものに対して言葉を添えることができなかった。

これほどまでに後悔するのかと反省した。

それからはいつでも自分の意思ははっきり伝え、白黒はっきりしてきた。

そのおかげで今日も「生きていて楽しい」そう思えるようになった。

私の人生はどんどん赤色に染まっていけばいい。

あーやん。
あーやん。
躁鬱病/バイセクシャル/DV/イジメを乗り越え、DariaMeを立ち上げ。 『生きるという当たり前に真剣に向き合います。』

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