2018.11.11

どうせなら生きてるうちに評価されたい

あーやん。

あーやん

死んだ後に評価されるなんて幸せ?どうせなら、生きてるうちに評価されたい。

生きている間に

生きている間、どうぜ頑張らなきゃいけないなら、死んでから評価とかされたくない。

生きてるうちに注目を浴びて、生きてるうちに幸せになりたい。

生きてるうちに幸せになれないなら頑張る意味もないし。

みんな「なんの為に頑張ってるの?」って聞かれた時に、

「夢のために」

「この世界を変えたくて」

「日本を豊かにしたい」

なんて当たり障りもないどこでも聞くような言葉を並べる。

自分が作ったものなら、死んでからの評価でもいいってこと?

あなたが描いてる未来が作れるなら、100年後でもいいってこと?

私は絶対に嫌だ。

偽善者ぶれるようになりたい

ずっと本音で生きてきたから、私は「なんの為に頑張ってるの?」と聞かれたら、

「自己満です。だって私がメンタルヘルス市場を変えたいと話したところで誰が動く?まず私が小さなものでも結果を残さないと誰も乗っかってこないよね??じゃあ、自分が実現させたいものを実現させるためにはまず評価される必要があるよね?だから私は生きている間に評価されたい。評価されるために頑張ってる。」

そう答えた。

結局自己満。

どんな未来を作りたいとか、日本を豊かにさせたいとか、発達させたいとか、それって結局自己満じゃん?

誰かが幸せになる代わりに誰かが犠牲にならなきゃいけないのが世の中だよ?

じゃあ、人のためじゃなく、自分のためだよね。

それを恥ずかしがる意味がわからない。

いいじゃない?それでも。

何がいけないの?

人を幸せにしたいなら、自分が求めているものを貪欲に追いかけて評価されたくない?

死んでから天国で地上を見下ろして、「あぁ、今評価されてんのか。」なんて思いたくないよね?

ゴッホだってピカソだってどんな変人でも絶対生きてるうちに評価されてお金欲しかったよね?

自分が評価されることの喜びって評価された人間にしかわからない。

なら、頑張りは報われたいし、評価される喜びを体感したい。

幸せは人それぞれ

幸せは人それぞれだし、自分が幸せだと感じられるものはなんでもいい。

だから死んでから評価されてもいい!という人がいるかもしれない。

「死んだ後も自分が生きているみたいで嬉しい。」私の友人のファッションデザイナーは語ってくれた。

「だから作品を残し続けるんだ。」と話してくれた。

そんなエモい考え方私にはできないからすごく羨ましかった。

でもきっとそう。

それぞれが評価されることに対しての考え方があって、様々なタイプの人間がいるからこの世はこんなに楽しいんだと思う。

また新しい世界が見えるようでとても嬉しい。

あーやん。
あーやん
株式会社DariaMe代表|21歳 元精神疾患 バイセクシャル 『生きるという当たり前に真剣に向き合います』

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