2018.10.22

鏡を見て泣いてしまうのは、諦めじゃないよ。

DariaMe編集部

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悲しかったことなんて忘れるくらい自分を人から愛される人間にしたい。

グループトークに貼られた写真は怖くて見られない

私の顔だけ、浮いて見える。

引き気味の他撮りなんて最悪だから
友だちと遊んだ時のグループトークに載る自分の写真は9割方保存しない。
なんなら見返すこともない。

自分の写真なんか平常心で見ていられない。

朝起きて少しでも浮腫んでたら落ち込む。
なんでこんなに目が離れてるの?輪郭が滑らかじゃないの?

こんなに外見にこだわっていると病的だと言ってくる人もいる。
可哀相だとかそんなに気にしなくても……と言われたことも何度も何度もある。

でも取り繕うことで私たちはやっと安心できるんだよね。

「自分の顔が嫌い。」

これはそんなに乗り越えなきゃいけないことなのかな。

今でも思い出すのは、小学生のころ言われた一言

職業柄、外見を嘘でも褒められる機会が多い。

なのに未だに小学生の頃言われた1回の「ブサイク」が消化できずにいる。

そして私は多分それを一生引きずる。
例えこの先どんなに痩せても
どんなに人から褒められても
昔投げつけられた、たった1回のその言葉を思い出してふと泣くんだと思う。

そのくらい言葉って重いよね。いつだって凶器になる。

こっちだってそんな悲しいこと忘れたほうが楽だという自覚はある。

ただ化粧・洋服・香り・爪先……何から何まで
自分の装備が何か一つでも欠けると途端に人と目が合わせられなくなるんだ。またすぐ怖くなるの。

今でも「人に優しくしてもらうためには、可愛くしていないといけない」と本気で思っているの。

どうでもいい存在に涙なんて流さない

ただこんな私でもね
容姿に自信なんて微塵もない自分のことでも
確かに「自分は可愛い」と思っている。

それはルックス的な話じゃなくて“存在”として。
親が子を突き放せないみたいに、なかなか自分のことは無下にできないもので
「ブスだから嫌い」「自分なんかどうでもいい」とは諦めきれない。

自分の容姿に落ち込むのも
どうでもよかったらきっと湧かなかった感情。

自分のことを1番可愛がってくれる存在はきっといつまでも自分自身だ。

もう痛い思いも
苦しい思いもさせたくないよね。

誰よりも大切にしたいのは自分。
幸せになってほしいのも、自分。

悲しかったことなんて忘れるくらい自分を人から愛される人間にしたい。

だから今日も私はミリ単位で化粧を直すし、グラム単位で体重を気にする。

鏡を見て泣いたって構わない。
幸せになるための成長痛だと思う。

ありのままで愛される自信なんて到底ないから、
愛される自分でいられるように必死に自分を磨いて生きる。それで良いと思う。

納得いくまで存在ごと可愛がって生きたい。

 

※この記事は、悩んでいる方に寄り添いたいという想いや、筆者の体験に基づいた内容で、法的な正確さを保証するものではありません。サイトの情報に基づいて行動する場合は、カウンセラー・医師等とご相談の上、ご自身の判断・責任で行うようにしましょう。

 

人に話せない悩みも、今まで居場所がないと悩んでいたことも全て、ここでなら話せる。自分が一歩を踏み出せば、世界が変わる。今辛い自分は、明日には笑えるかな?そんなあなたへ。待ってるね。

 

DariaMe編集部
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悩める若者向け共感型メディア『DariaMe』編集部

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