2018.08.09

メンタリティ

死と向き合うこと。「私、毎日死にたいです。」

あーやん。

あーやん。

ふと思う、「私、いつ死ねるんだろう。」天国までの暇つぶし、なんでこんなに辛いんだろう。

死と向き合うこと。

死と向き合うこと。

私たちはいつだって産声あげた瞬間から死に向かって走ってる。

生き急いだって、死が待ってるのに、よくやるよなぁって思ってた。

「天国までの暇つぶし」とはよく言ったもんだなって。

私たちは楽しく暇つぶししたいから、暇つぶし仲間(友人)を作り、時々訪れる欲求のために相棒(恋人)を作る。

たかが暇つぶしのために多額のお金を費やして、自分を綺麗に見せたりとか、しょうもなくない?

クッソ、どうでもいいわって思う。

0か100でしか生きられない私は、生と死についてすごくよく考える。

いつか死ぬならなんでもいいやって。

死ぬのは怖いけど、死んだってまた生まれ変われる。

同じ命で今世どうやって生きていくかを考えるのはとても楽しいけど、いつだって死にたいんです。

毎日「死にたい」

毎日「死にたい」とか、「いつ死ねるかな」って考えてる。

この先やりたいことはたくさんあるし、そのために必死になってるけど、ふと「私は、いつ死ねるんだろう」って思う。

それを望んでいるわけではないからまた難しいんだけど、私は死が恋しくなったりする。

「躁鬱病」そう診断された時もあった。

きっと今もそれに近いんだろう。

完全に治っては居ないんだろう。

躁鬱病だからって逃げたくはないけど、私たちは強く生きれない。

誰だって脆いんだ。

車にひかれただけで死んでしまうんだ。

ビルから飛び降りただけで死んでしまうんだ。

首を3分締めただけで死んでしまうんだ。

脈を切断するだけで死んでしまうんだ。

また0に戻ってしまうんだ。

なんで感情なんてあるの?

悲しい・嬉しい・楽しい・辛い・苦しい・怒り・好き・嫌い・怖い・嫉妬・不安・絶望・希望

他にもたくさんある。

「神様、なんで私たちに感情なんて持たせたの?」

嬉しくて泣いて、悲しくて泣いて、辛くて泣いて、好きすぎて泣いて。

「神様、なんで涙なんて作ったの?」

毎日涙腺が崩壊してるよ?

天国に行ったら、地獄に行ったら、感情はなくなりますか?

全部楽になれますか?

「神様、楽になりたいです。この世界では楽にはなれなそうです。」

「神様、私たちはこの先どうなりますか?何が待って居ますか?どうしたらいいですか?」

「神様、神頼みって言うけど、あなたは本当に存在して居ますか?」

「神様、なんで私たちはあなたに助けを求めても答えてくれないんですか?」

辛くて仕方ないけど、感情がなければいいのにって思うけど、それでもこの感情にはきっと意味があるんだって。

そう思うしかないんです。

それがどれだけ辛いことだか、理解してくれてますか?

死ぬ気力すらないんです。

生と死、よく考えるとバカみたい。

死ぬ勇気もないけど、生きる勇気もない。

気力すらないんです。

でも生きてるんです。

この世界にまだ何かを求めているんです。

だから、せめて笑って居たいんです。

暇つぶしに飽きたり、暇つぶしがうまくいかないと人は死を求めます。

だから、私はその暇つぶしをより良いものにしたいんです。

私のように、死が恋しくなる人間を減らしたいんです。

だって、どうせ死ぬんでしょ?

この鼓動が止まるときがあるんでしょ?

そんな時を望んではいけないですよね。

でも、私たちは前を向くだけじゃどうしようもない時があります。

私たちは強く生きようと思うだけじゃどうしようもない時があります。

そんな時、何があればいいのだろう。

あーやん。
あーやん。
躁鬱病/バイセクシャル/DV/イジメを乗り越え、DariaMeを立ち上げ。 『生きるという当たり前に真剣に向き合います。』

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